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会津日帰り旅行1日目「戊辰戦争」と「新選組」

9月8日、青春18キップを使ってJRで会津若松へ
会津若松駅

名物の「ソースカツ丼」と「会津ラーメン」を食べる事と
「戊辰戦争」と「新選組」の史跡を訪ねる旅
カツ丼とラーメンの前にちょっとだけ戊辰戦争と新選組のお勉強

黒船来航により、幕府は鎖国から開港へ
その結果、尊王攘夷(天皇の敬い外国を排除)の倒幕派と
あくまでも幕府を守ろうとする佐幕派が対立
治安の悪くなった京都で、会津藩主「松平容保」が京都守護職となり上京
将軍を警護するために結成した浪士隊に「近藤勇」や「土方歳三」が加わり
「新選組」を結成、松平容保の配下となり、京都の治安維持にあたる
大政奉還と孝明天皇の死により状勢は急変
薩摩・長州が中心となった「新政府軍(西軍)」と
会津藩や新選組を含む「旧幕府軍(東軍)」の間で争いが勃発(鳥羽、伏見の戦い)
これがきっかけとなり「戊辰戦争」が始まる。
旧幕府軍(東軍)は、新兵器や数の上でも圧倒的に有利な新政府軍(西軍)に敗れ
京都を追われてしまう事に
近藤勇は千葉の流山で捕らえられ斬首、首は京都の三条川原でさらし首に
江戸城が開城され、西軍の矛先は会津へと向けられる

幕府と薩摩、長州とのやり取り、江戸城の無血開城に貢献した「勝海舟」
この事は、今NHKで放映している「篤姫」で見る事が出来ますね。


さて、会津若松駅に着いて「まちなか周遊バス」の一日券(500円)を買い
ハイカラさん

最初の見学場所「清水屋旅館跡」
清水屋旅館跡

ここは、新選組副長 土方歳三が宇都宮で負傷して会津に来た時に
治療を受けたところ

次なるところは「清水屋旅館跡」から徒歩で4?5分のところにある
新選組三番隊隊長「斉藤一(藤田五郎)」の墓
斉藤一の墓

土方歳三は援軍を呼ぶため、会津を離れたが
斉藤一は会津を見捨てられないと最後まで会津に残り西軍と戦った
戦後、越後高田から上京、本人の希望によりここに眠る

ここ「斉藤一」の墓がある阿弥陀寺には
東軍の戦没者の墓もある
会津戊辰戦争後、勝者の西軍は
東軍の遺体を葬る事の前に、遺体に触れる事さえ許さなかった
新政府のもとそれを許されてから
ここに東軍を奉る墓が建てられた
東軍の墓

続いては「鶴ヶ城」へ
鶴ヶ城

城内は撮影禁止のところと撮影OKのところがあり
撮影禁止のところは、今までの歴史を見る事が出来
影勝や兼続の事も書いてある

続いては、新選組局長「近藤勇の墓」
近藤勇の墓1

さらし首になった近藤勇の首は知らぬ間に持ち去られ
会津で共に戦った土方歳三の願いで
会津若松の「天寧寺」に墓が建てられ
この中に、近藤勇の毛髪が納められていると言われている
近藤勇の墓2

次に向ったのが「白虎隊記念館」
白虎隊記念館

鳥羽・伏見の戦いの後、会津へ戻った松平容保は
軍政改革を行い「白虎隊」が組織される
その後の「白虎隊」の運命は皆さん知っての通り

その後、白虎隊記念館から徒歩で行ける
「旧滝沢本陣」へ
旧滝沢本陣1

ここは戊辰戦争の時、松平容保が陣取る本陣だったところ
西軍が会津若松へ侵攻してくると、白虎隊に出陣命令が下され
ここ「旧滝沢本陣」より出陣しました!

ここでは、戊辰戦争の激しい戦いがあり
その時の刀傷や銃の弾跡などがそのまま保存されています
旧滝沢本陣2

旧滝沢本陣3

旧滝沢本陣4

旧滝沢本陣5

この後、会津若松駅に戻り
食事をして、お土産を買いJRで帰って来ました!

この次は、この日に食べた
ソースカツ丼と会津ラーメン、会津蕎麦を
その次は、車でしか行けないところを回る為に
この2週間後の9月22日に車で会津若松へ行った
「会津日帰り旅行2日目の戊辰戦争と新選組」
その次は、その2日目で食べたソースカツ丼とラーメンと蕎麦を

会津の戊辰戦争についてもっと知りたい方は
俺も参考にした
↓こちらのブログの「会津」のカテゴリーからどうぞ!
http://blog.goo.ne.jp/eikenmedaka9/

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